積極的延命治療を行わなくなったフランス

 2017年に発表された「不安な個人 立ちすくむ国家」(経済産業省 若手・次官プロジェクト)を久しぶりに開きました。


 今回、着目したのは27ページのスライド。

 「90年代に積極的に行っていた高齢者に対する延命治療を、行わなくなる方向に、話し合いを進めた」というパラダイムシフトが起きたということが、今回、着目した理由です。


 スライドにもあるように、ポイントは2点でしょうか。

  1. 「病気」と「老化・老衰」を分別して扱う

  2. 患者が望む自然な死に方を是認する

 社会保障費の逼迫が叫ばれる中、財布の紐を締める議論(介護保険原則2割負担、要介護1・2の介護サービス提供のあり方見直し、ケアプラン自己負担導入、等)が目につきます。


 その文脈(社会保障費の逼迫)の中で、積極的延命治療の是非についてテーブルにあげると、「人の命をなんだと思っているんだ?」と責められることが想像できます。


 でも、「人の命をなんだと思っているんだ?」という問いから、始まる哲学的議論もあっていいと思うのです。

  • 人の命は有限です。生まれた瞬間から死に向かっている。

  • 命に貴賎はない。価値は平等。

  • 自死で自分の命を終わらせるのは議論の余地がある。

  • 自分の命を延命するかどうかを決める権利は個人にある。

 いろんな議論の果てに、きっとフランスもいまの形にたどり着いたはずです。


 『どこかで、この問題は政治家が決めてくれる、と一線を引き、考えることさえしていない、ということはありませんか?』


 「不安な個人 立ちすくむ国家」(経済産業省 若手・次官プロジェクト)は、この問いを、すべての人々に投げかけているのではないかと思います。


#不安な個人 立ちすくむ国家

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