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連載:部屋を汚すのは本当に「認知症」が理由なの?

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2019年8月に掲載された筆者の記事を転載しております)


怒りと悲しみが交錯する長女

 Aさん(87)は80歳の時の夏に軽い脳梗塞(こうそく)を発症し、身体的に目立った後遺症は残らなかったものの、物の名前を思い出せない、注意力が散漫になるなどの軽い認知機能障害が見られるようになりました。

 子どもが独立してからはずっと妻と2人暮らしでしたが、5年前に妻を亡くしてからは1人暮らし。しかしそれ以降、次第にご飯を食べたことを忘れる、会ったことがある人に「初めまして」とあいさつすることが増えました。そこで検査をしたところ、アルツハイマー型認知症と診断されました。

 週3回は実家に帰って介護をしていた長女は、父親の年齢を考えれば認知症の症状があることは仕方ないとは思うものの、「うちの父がなぜこんなことに?」という悲しみと、「どうしてこんなこともできないの!?」という怒りに毎回悩まされたと言います。

 そんな折、Aさんが自宅でトイレをしたあと、便で汚れた手で部屋のあちこちを触り、長女が怒りを爆発させる事態が起きました。

これは弄便? それとも別の理由で……?

 手に便が付いているのに、壁にこすりつけたりカーテンでふいたりする行為を、便をもてあそぶように見えることから「弄便(ろうべん)」といいます。認知症の行動・心理症状の一つと言われています。Aさんの長女は「とうとう認知症がここまで進んでしまったか」と、大いに落胆しました。

 私は、認知症の人の行動を、今回のように「認知症のせいで起きている」と捉えることは、人を色メガネで見る第一歩であり、現実を見誤る原因になると考えています。

 この時、Aさんの件で相談をしてきたケアマネジャーは、認知症の進行から起きた事態と素直に考えていて、自分が色メガネでAさんの行動を見ていることに気づいていませんでした。私はケアマネジャーの色メガネを外すために、行動の理由を探り始めました。

 最初に、「Aさんは、トイレをするたびに部屋を汚しているのか?」と確認しました。すると答えは「いいえ」でした。自宅では、普通にトイレをして出てくることもあり、デイサービスでは1人で普通にトイレに行って帰ってくるということでした。

 つまり、客観的な事実は「自宅で時々、トイレの壁や廊下のカーテンを汚すことがある」ということでした。トイレの後、きれいにふける時とふけない時があるということです。こうした事実から、Aさんが「意図的に便をもてあそんでいる」と決めつけるのは早計です。

Aさんが本当に困っていたことは……

 さらに、「汚れた手のまま部屋に戻っていない」「汚れた手のまま食べ物を触らない」という事実もわかりました。これは、Aさんに「手が汚れているという自覚がある」可能性を示しています。この時点で「弄(もてあそ)んでいる」わけではないことは確定しました。

 では、なぜデイサービスでは起きなくて、自宅だけで起きるのか?という疑問が残ります。デイサービスの職員に状況を聞くと、「トイレから出たら必ず洗面所で手を洗っていますよ」と言います。

 そこで、「もしかしたら自宅の洗面所の場所がわからないのではないか?」という一つの可能性が浮かび上がりました。Aさんや長女に確認すると、やはりどうも洗面所の場所がわからなくなることがあるようです。

 シンプルに「トイレで手が汚れた時に手を洗いたいが、どこで洗えばいいのかわからない」ことが、Aさんの困りごとではないか?と仮説を立て、長女と解決策を検討しました。そして、Aさんがトイレから出てきて目につく場所に、洗面所へ誘導する紙を張りました。

 その結果、Aさんはトイレから出るたびに洗面所で手を洗うようになり、それ以降周りを汚すことはなくなりました。

どこでつまずいているのかを知る

 今回は、関係者の観察から理由と解決策を発見できました。周りの人が色メガネで認知症の人を見始めると、たどり着けるはずの解決策にたどり着けなくなります。

 私たちは、認知症と聞くとつい、あれもこれも認知症が原因で起きていると考えがちです。しかし、実際に起きていることを客観的に見ていくと、違う理由が見えてきます。

 理由を探り、最適なケア方法、関わり方を見つけるために、今回のようなアプローチをぜひ試してみてください。

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2019年8月に掲載された筆者の記事を転載しております)

https://mainichi.jp/premier/health/articles/20190820/med/00m/100/005000c

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