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連載:「お風呂を嫌がる」ように見えたNさんの大事な習慣

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2019年6月に掲載された筆者の記事を転載しております)


お風呂場に行くとなぜか怒り出すNさん

 アルツハイマー型認知症が少しあるNさん(82歳・女性)は、年齢を重ねて骨がもろくなって圧迫骨折するなど、なかなか困難な生活を送っていました。しかし、ホームヘルパーに手伝ってもらいながら料理を作ったり、お風呂に入ったりして、何とか自宅で1人暮らしを続けていました。

 その後も家の中で転んで股関節を骨折したり、肺炎を起こしたりして何度か入退院を繰り返し、自宅での暮らしが難しくなったと判断されて、最後に肺炎で入院した病院から直接、グループホームに移ることになりました。

 ホーム入居にあたって一つ心配がありました。病院の看護師が「入浴介助がとても大変だった」とホーム側に伝えたからです。

 Nさんが病院に入る前、看護師はケアマネジャーから「自宅ではホームヘルパーの介助でお風呂に入っていた」と聞いていました。しかし、病院で入浴する時Nさんが大声で怒るため、1人では入浴させられず2人で介助するほどだったのです。

 病院の看護師は「入院をきっかけに認知症が進行したのかもしれない」と考え、この調子では在宅での暮らしは難しいかもしれないと考えて、グループホーム入居を親族に勧めたのだそうです。

笑顔で浴場に入ったのに怒り出して……

 さて、グループホームの職員は、初めてNさんの入浴を手伝うにあたり、病院のやり方を試すことにしました。病院とグループホームではお風呂場の雰囲気も違うので、ひょっとするとすんなり入ってくれるかな?という淡い期待もありました。

 まずは、Nさんが納得してお風呂場に向かえるように会話をしました。時々、同じ会話が繰り返されることはあっても、上機嫌に会話ができて、「お風呂に行きましょうか」と尋ねると、「そうね」と言ってリビングのソファを立ち上がり、すんなりお風呂場に向かうことができました。

 ところが、脱衣場で状況が変わりました。「お風呂に入りますよ、服を脱ぎましょう」と声をかけ、「はい、はい」と答えていたNさん。上着を脱ぎ、肌着だけになったところで、それ以上脱ぐことを拒んだのです。

 「全部脱がないとお風呂に入れませんよ」と声をかけると、「どうして脱がなきゃいけないのよ!」と怒り始めてしまいました。この日は入浴をあきらめました。

 職員はとても不思議に思いました。笑顔でお風呂場に向かい、上着を脱ぐまでは上機嫌だったのに、肌着を脱ぐ段階で急に怒り始めたのですから。どうも、お風呂を嫌がっているのではなさそうでした。

情報を集めて分かった新事実とは……

 この不思議な出来事を職員間で共有したところ、入院していた病院ではなく、自宅の入浴介助の方法に手がかりがあるのではないか?という話になり、入院前に利用していた訪問介護事業所に連絡を取りました。

 訪問介護事業所のヘルパーは「自宅にいた時は、ヘルパー1人で入浴介助をしていましたが、すんなりと入浴してくれていましたよ」と返答。そこで、グループホームでの入浴介助時の一部始終を伝え、肌着を脱ぐ前に急に怒り出したことを伝えたのです。

 すると、ヘルパーが「あっ!」と声を上げました。手にしていたカルテに「Nさんは入浴時に肌着を手洗いするので、肌着を着たまま浴室に入り、浴室内で肌着を脱ぐ」という特記事項が書いてあったのです。

 電話をしていた2人は同時に「これですね!」と声を合わせました。刑事ドラマのように、重要な手がかりを見つけて核心に迫れた興奮を共有できたようです。

 翌日、Nさんの入浴介助でこの事実を試しました。脱衣場で肌着を着たままのNさんに「お風呂場に行きましょう」と声をかけたところ、すんなり浴室に入って、おもむろに肌着を脱ぎ始めたそうです。下は紙パンツなので洗いませんでしたが、上の肌着を脱いで自分で洗い、その後穏やかにお風呂に入ってくつろいでくれたそうです。

細かな情報の中に多くのヒントがある

 今回の盲点は、「自宅ではホームヘルパーの介助でお風呂に入っていた」という情報でした。

 これは事実で、間違った情報ではないのですが、足りない部分がありました。訪問介護事業所が、入浴介助の特記事項を病院に伝えなかったことで、病院はNさんが入浴時に怒る理由を探れなかったのです。

 こうした習慣は、脳の記憶というよりは体にしみついた記憶です。そのため、手順が一つ飛ばされるか、変更されるだけでとても気持ち悪く感じてしまいます。認知症があると、気持ち悪さが何によって起きているのか自分でもよく分からず、言葉で表現できないことがあります。Nさんはその気持ち悪さを、怒ることで表現したのでしょう。

 自宅から病院、病院から施設、施設から自宅と住まいが変わる場合は、細かい習慣をしっかりとバトンタッチすることが大切です。そうすることで不要な混乱やストレスを回避できるのではないでしょうか。

 読者のみなさんには、ご家族がふだん、どんな習慣で過ごしているのかを尋ねたり、観察してみたりすることをお勧めします。

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2019年6月に掲載された筆者の記事を転載しております)

https://mainichi.jp/premier/health/articles/20190619/med/00m/100/013000c

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