連載:「お風呂には入りません」真の理由は

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2019年3月に掲載された筆者の記事を転載しております)


デイサービスでお風呂を断るNさん

 軽いアルツハイマー型認知症のNさん(80代女性)は、長女一家の隣の家で1人暮らしをしています。認知症以外に病気はなく、体も健康で、身の回りのことは自分なりにこなせていました。自宅に来客があるとお茶をいれたり、デイサービスでも他の利用者のコートをハンガーにかけてあげたりして、気づかいができる人でした。

 ある時、Nさんの長女から「きちんとお風呂に入っているかどうかわからないので、デイサービスでお風呂に入れてもらえませんか」と施設に依頼がありました。ところが、デイサービスのスタッフがNさんをお風呂に誘っても、「わたしは家で入っていますから結構です」の一点張り、まったく入ってくれません。

 体がにおったり、髪が乱れていたりするわけではなく、自宅でちゃんとお風呂に入っているようでもあります。本人の言葉を信じ、無理にお風呂に入れることはありませんでした。

 ところが、長女から再度、「週1回でもいいからデイサービスでお風呂に入れてほしい」と要請があり、困り果てたスタッフがわたしに相談してきました。

拒否なのか、それとも……

 デイサービスのスタッフに改めて、お風呂に誘う場面を振り返ってもらいました。

わたし:どんな言葉で誘っていますか?

スタッフ:普通に「お風呂に行きましょう」と誘います。

わたし:Nさんはどのように答えますか?

スタッフ:「家で入っていますから」とか「自分で入れますから」と答えます。

わたし:ちなみに、どこで誘いますか?

スタッフ:リビングのテーブルに4人で座っているので、そこで声をかけています。

わたし:他の3人はどのような方ですか?

スタッフ:3人とも女性で車椅子を使っています。

 この最後の言葉で、わたしは「ハッ」としました。これまでの情報確認の中で、本人が次のように話していたことを思い出したのです。

 「あそこは、体の悪い人がお風呂に入るところです。わたしは自分で入れますから結構です……」

 確かにデイサービスは体が不自由な人も利用します。「それはそうだけど……」と思いながら、気に留めていなかったのでした。

 改めて考えると、Nさんにとって、目の前の人が車椅子を使っていて、その人がお風呂に入るなら、「(デイサービスのお風呂は)体の悪い人が使うところ」と認識してもおかしくありません。

 とすると、Nさんはお風呂に入りたくないのではなく、「自分は歩けるし元気だから他の人を優先してあげて……」と、遠慮していたのかもしれないのです。スタッフとそのような仮説を立て、何か工夫できないか考えました。

 スタッフと打ち合わせ、「Nさんと仲のよいAさんは自分で歩けるので、Aさんと同じテーブルに座ってもらって、Aさんをお風呂に誘う際にNさんも一緒に誘う」作戦を立てました。

言葉以外にもさまざまな影響を受けている

 Nさんはただお風呂を遠慮しているのではないか?という仮説のもと、導きだしたアイデアを実際に試しました。そしてそれは見事に的中したのです。

 Nさんと仲良しのAさんは自分で歩けます。Aさんと一緒に座ってもらったテーブルで、Aさんをお風呂に誘い、Nさんも「Aさんがお風呂に行きますが一緒に行きますか?」と誘いました。するとNさんは「そうね。だったらわたしも一緒に行きます」と、機嫌良くお風呂に行ってくれたのです。それ以後、デイサービスでもお風呂に入ることが当たり前になりました。

 わたしたちはとかく、認知症の人とはコミュニケーションを取りにくいと考えがちです。そして、わたしが相談を受ける時、8割近くの人から「◯◯の時はどう声をかけたらいいですか?」と聞かれます。

 しかし今回のケースから、「誰の前で(隣で)声をかけるか?」というシチュエーションも重要であることがわかりました。

 「お風呂に入りませんか?」と声をかけるにしても、布団にくるまって寝ている時か、リビングのソファでテレビを見ている時かで反応は変わります。Nさんの場合も、「誰と一緒にいるか」を考えて作戦を立てたことで、お風呂を遠慮した理由を探り当てることができました。

 その場面で本人がどのような価値観、経験則に基づいて行動しているかを探ることは、認知症の人とコミュニケーションを取る上でとても重要です。急がず、あきらめず、さまざまな可能性を探りましょう。

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2019年3月に掲載された筆者の記事を転載しております)

https://mainichi.jp/premier/health/articles/20190312/med/00m/100/006000c

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