連載:みんなで一生懸命考えた「歯ブラシをかむ理由」

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2019年2月に掲載された筆者の記事を転載しております)


歯ブラシをかんでしまうKさん

 長女夫婦と同居していたKさん(60代、女性)は、こたつの敷布団に足をひっかけて転び、太ももの骨を折ってしまいました。3カ月間の入院を経て、介護老人保健施設に入所することになりました。


 元々、脳梗塞(こうそく)があり、体が不自由だったのですが、入所して1カ月たったころからうつ傾向が出始め、横になって過ごす時間が増えてきました。そして同じ時期、それまで嫌がらなかった歯磨きを嫌がるようになったのです。対応に困った施設の職員が、私に相談してきました。

 聞き取りをしたところ、「これまでも歯磨きの介助はしていた。これまでと同じように声をかけ、歯磨きをしようとするが、歯ブラシをかんでしまうので困っている」とのことでした。

「認知症が進んだ」は思考を止めるキーワード

 いままでと同じようにしてきたのに、変化が表れると、わたしたちは戸惑います。そして、つい「認知症が進んだからじゃないか」という理由にしてしまいがちです。するとその時点で「しかたないな……」とあきらめの気持ちがわいて、試行錯誤をしなくなります。思考を停止してしまうのです。

 このような時は、「認知症が進んだからかもしれないし、そうじゃないかもしれない」と捉え、事実を確認しながら理由を探ることが大切です。

 私はさらに聞き取りを続け、「どのように声をかけているのか?」と尋ねました。

 歯磨きをする前、職員がKさんの真正面か斜め前あたりにしゃがんで目線を合わせ、「Kさん、歯を磨きますよ」と声をかけていたそうで、これまでと方法は変わらないとのこと。声のかけ方に問題があったわけではなさそうです。

 食事介助についても尋ねました。Kさんは普段、スプーンで食事をとっています。「スプーンをかんで離さないことはありますか?」と聞くと、「ありません」といいます。スプーンと歯ブラシは、形と動かし方が違いますから、「スプーンだと思っていたら動かされた」という驚きから、かんでしまう可能性を考えたのです。まだ情報が不足していました。他にいくつも質問を重ね、情報を整理しました。

  • 「歯を磨きますよ」と言うと、口を開けてはくれるが、歯ブラシをあてて歯を磨き始めると歯ブラシをかむ

  • 痛みが出るような口内炎や虫歯はない

  • 視力や聴力にも問題はない

 これらの情報から、「歯磨きしますよ」と声をかけてはいるものの、歯ブラシで磨かれている最中に、歯を磨かれていることを認知していない可能性があるかもしれないと考えました。

「いま、何をしているか?」がわかることが大切

 そこで、いくつか提案をしました。

  1. 「歯を磨きますよ」と声をかけた時に、言葉だけでなく、介助する職員が自分の歯を磨くようなフリをして、Kさんに見てもらう。それでもダメな場合は、職員が自分の歯ブラシで自分の口に入れて、実際に歯を磨く様子を見てもらう。

  2. 歯ブラシをKさんの口に入れたまま磨き続けるのではなく、少し磨いたら歯ブラシを口から抜き、ひと呼吸置いてまた歯磨きを再開する。

  3. 歯磨きをしながら、「右の上の歯を磨きますよ」「歯の裏側を磨きますね」とこまめに声をかけながら、歯磨きをする

 まず、(1)を試しました。歯を磨くフリをすると黙ってうなずいているので、通じているようでした。ただ、それは声かけだけの時と変わらないので、歯磨きをする前の声かけは、いままでの方法でも通じそうだということがわかりました。

 次に、(2)の「時々、歯ブラシを抜きながら歯を磨く」を試したところ、歯ブラシをかまずに磨ける回数が増えました。

 (3)の「どこを磨くかを伝えてから磨く」を実践したところ、Kさんにはぴったり合ったようで、歯ブラシをかむことはなくなったそうです。

 このように、「今何をしているか?」がわかるようにKさんに声をかけることで、口を開けっ放しにする負担を軽くすることができました。そして、歯磨きでストレスを感じることがなくなり、職員が困ることもなくなりました。

 もしも「認知症が進んだから」という理由から、今回のような最適な方法を見つけられないままでいたら、Kさんはずっと不快な状態が続いたことでしょう。みんなで理由を探ったことでそうならずに済みました。本当に良かったなと思えたエピソードでした。

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2019年2月に掲載された筆者の記事を転載しております)

https://mainichi.jp/premier/health/articles/20190213/med/00m/100/012000c


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