連載:叫び続けた認知症男性は「薬の整理」で救われた

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2018年12月に掲載された筆者の記事を転載しております)

 Kさん(80代・男性)は、大企業を退職後、奥さんと2人で旅行に出かけるなど幸せな日々を送っていました。聡明(そうめい)で見識も広く、正義感の強い方でした。50代から糖尿病や高血圧の持病があり、70代半ばでアルツハイマー型認知症と診断されました。

 奥さんが亡くなって1人暮らしになったため、家族が心配して、介護付き有料老人ホームに入る手続きをして、入居しました。

 施設への入所は、人によっては「リロケーションダメージ」(引っ越しや入院で環境が変わることによる混乱)を受けることがありますが、Kさんには目立った混乱も見られず、ホームの入居者とも次第にコミュニケーションをとるようになり、うまくなじんでいきました。


 ところが、ある時を境に様子が一変しました。

施設に響きわたる原因不明の叫び声

 体調を崩し、数日寝て過ごした後、Kさんが大きな声で「おーい! おーい! こらー!」と叫ぶようになったのです。なぜ叫ぶのかスタッフが尋ねてもうまく答えられません。どう力になればいいのかわからず、スタッフはたいそう困ってしまいました。

 医師に相談したところ、興奮を抑える薬を出すことになり、しばらく様子をみることになりました。しかし、叫び声はいっこうに収まりません。他の入居者から「何とかしてあげられないの?」という声とともに、苦情が出始めました。

 Kさんが大声で叫ぶのをやめなければ、他の入居者がホームを退去してしまうかもしれません。かといってKさんに退去してもらうわけにもいきません。再び相談した医師は、興奮を抑えるより強い薬を処方しましたが、それでも状況は改善しませんでした。

 Kさんは食事を普通に食べていました。熱があるわけでも便秘をしているわけでもありませんし、水分もそれなりに取っています。健康面では問題があるようには見受けられません。関わる職員が、Kさんを刺激するような態度を取っているということもありません。

「薬が原因かも」と疑ってみたが……

 職員が可能性として考えたのは、「薬」の影響でした。興奮を抑える薬を出してもらってから、大声で叫ぶ時間が長くなった印象があったからです。しかし、医師に「薬」のことを相談しにくい状況がありました。

 というのも、Kさんの主治医はKさんの息子さんだったからです。息子さんは、どうしても自分がKさんの健康状態を管理したいと望み、自分の内科のクリニックで診察していたのです。

 母親を亡くし、ただ一人の家族である父親の面倒をみたいという気持ちは純粋なものだったでしょう。また医師としてのプライドもあり、専門外ながらアルツハイマー型認知症のことを調べていました。

 しかしながら、客観的にみて、「薬が追加されて以降、興奮が抑えられていないどころか興奮の度合いが増している」状況だったにもかかわらず、そのことを指摘しても息子さんはその事実を認めようとしなかったのです。

 興奮を抑える薬の追加投与を続けても状況が改善せず、ずっと大声で叫び続ける父親の姿を見て、息子さんはとうとう「専門の医師に委ねます」と、診療から離れることを決めました。Kさんは精神科医の診察を受けることになりました。

精神科医の介入で症状が改善

 精神科の医師は症状や処方を見て、「薬を整理しましょう」と提案しました。精神症状に関して、どの薬がどう影響しているのか把握するため、薬の整理にあたって命に関わる薬を残し、飲んでいる他の薬を全部やめ、様子を見ることにしたのです。

 Kさんが飲んでいる糖尿病と降圧剤以外の薬を、すべてストップしました。すると、1週間もしないうちに大声で叫ぶことがなくなり、意識もはっきりして、入居当初のように穏やかな声で会話ができるようになりました。


 精神科医は「そもそも何が原因で大声を出していたかわかりませんが、一時的な体調不良から起きた“せん妄”や、脱水が原因だったかもしれません。興奮を抑える薬を飲んで大声がひどくなったのは、薬の影響だった可能性もあります。本人もしんどかったでしょうね」と分析しました。

 Kさん本人もこう振り返ります。

 「自分がなぜ大声を出していたのかわかりませんが、あの時は、大声を出さずにはいられない感覚があり、それを抑えられなかったんです」

 多少のもの忘れもあるKさんですが、苦しかったことを自分で告白したのですから、本当につらかったのだと思います。

 Kさんの息子さんも、「専門の先生に委ねるのが一番ですね。意地を張らずに早くお任せするべきでした」と語り、症状改善にほっとした様子でした。

 叫び続けたKさんの状況を放置し、「認知症が進んだのだろう」とあきらめていたら、今の笑顔は取り戻せなかったかもしれません。理由を探ることの大切さを改めて感じたエピソードでした。

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2018年12月に掲載された筆者の記事を転載しております)

https://mainichi.jp/premier/health/articles/20181217/med/00m/100/011000c


閲覧数:26回