連載:元教師の“徘徊”理由は「子どもの見守り」だった

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2018年11月に掲載された筆者の記事を転載しております)


「そろそろ入所じゃないの?」

 Hさん(70代女性)は、アルツハイマー型認知症の診断を受けています。夫を早くに亡くし、子どもが2人いましたが遠方に住んでいるため、一人暮らしをしています。身の回りのことが徐々にできなくなっていたものの、ホームヘルパーの支えで生活をしていました。


 ただ、ご近所からは、一人暮らしのHさんを心配する声もあがっていました。「そろそろ施設に入所するころ合いじゃないの?」と。

 ご近所の人の心配は次のようなものでした。

  • 一人で暮らしていて本当に大丈夫?

  • 火の不始末は起きないの?

  • 一人でうろうろ歩き回っているけど、行方不明になったらどうするの?

  • 何かあってからでは遅いから、施設に入れた方がいいんじゃないの?

 特に問題とされたのが、一人でうろうろと歩き回る“徘徊”です。というのも、Hさんが近所のお宅の敷地に立ち入ったり、自宅から離れた場所にポツンと立つ姿が、たびたび目撃されたりしていたからです。


 “徘徊”がエスカレートするとトラブルに発展しかねないし、行方不明になったら大変! という心配から、特に“徘徊”がクローズアップされたのです。

 そのため、お子さんは、帰省の度にご近所を回って「いつも母がご迷惑をおかけしています。すみません」と頭を下げていました。ご近所さんからは、「そろそろ施設に入れるか、あなたたちの自宅に呼び寄せて一緒に住んだら?」と言われるので、「母は、父と暮らしたあの家が好きなので、もう少し、あそこに住まわせてやってください」とお願いをしていたそうです。

そもそも“徘徊”とは何か

 認知症と聞くと、周囲の人は「火の不始末」「迷惑行為」「徘徊」「行方不明」を心配します。そして「そろそろ施設に入れた方がいいのでは?」と勧められる話を、耳にタコができるほど聞いてきました。確かに心配ですし、自分の身の回りで悲しい事故や出来事が起こるのは避けたいところです。

 このチームのスーパーバイザーだったわたしは、施設入所が必要かどうかを判断する前に、“徘徊”を疑ってみることから始めました。

 “徘徊”とは、「目的もなく、ただうろうろと歩き回る行為」のことです。Hさんに本当に目的がないのかどうか、自分の目で確かめたくなったのです。そこで最初に、「近所のお宅の敷地に立ち入る」ことの事実確認をしました。

わたし:立ち入るお宅は決まっていますか?

近隣住民:いえ。決まっていません。あちこちに入っています。

わたし:立ち入りは頻繁ですか?

近隣住民:まあ少し前から。時々ふらっと入っていく姿を見かけます。

わたし:それは何時ごろの話でしょうか?

近隣住民:だいたい午後6時半ごろです。クリスマスイルミネーションでライトアップされたお宅に、ふらふらっと入っていくようです。

わたし:ライトアップしているお宅に限るんですね。

近隣住民:そうです。あ、そういえばそうですね。

 人は印象で物事をとらえがちです。しかし、こうして事実を確認すると、これまで見えていなかった背景が見えてきます。


 実は、Hさんはクリスチャンなので、もしかしたら、「クリスマスイルミネーションにひかれて、立ち入ってしまうのかもしれない」という見方が生まれました。彼女の中に、信仰心に基づく目的があったのかもしれません。

自宅から離れた場所にいるのは、なぜ?

 では、「自宅から離れた場所にポツンと立っていた」のはなぜでしょうか。そこで、同じようにご近所の人に事実を確認しました。

わたし:自宅から離れた場所とは、どのあたりですか?

近隣住民:自宅から15分ほど離れた幹線道路沿いです。

わたし:その時、Hさんは何をしているのでしょうか?

近隣住民:ただ、ポツンと立っているんですよ。

わたし:それは何時ごろのことですか?

近隣住民:毎日午後3〜4時ごろですね。

わたし:その後自宅に戻るのでしょうか?

近隣住民:どう戻るかはわかりませんが、戻っていますね。

わたし:なるほど。

 この話を聞いて思い出しました。確かに、わたしも幹線道路を車で走っていた時に、Hさんとおぼしき人がその場所に立っていたのを目撃したことがあるのです。ちょうど下校時間で、子どもたちに声をかけていたような印象でした。

 そして、ある事実が判明しました。Hさんは元小学校の先生だったのです。二つの事実を組み合わせると新たな推測が成り立ちます。


 「子どもを好きなHさんが、下校時間に合わせて子どもの見守りをしていた」という仮説です。こちらも、目的のない“徘徊”ではなく、見守りという目的があったことになります。

行動の理由がわかると対応も変わる

 今回のケースでは、理由が垣間見えたことで、ご近所さんの理解が深まりました。もちろん、火の不始末の心配が消えたわけではありませんが、予測がつかない行動ではないことがわかったので不安も減ったのです。

 お子さんも、「理由がわからない行動で周りに迷惑をかけていると思っていましたが、母なりに理由があっての行動だったのですね。勉強になりました。これからもご支援をよろしくお願いします」と、少し安心した様子でした。お母さんに対する理解も深まったようでした。

 その後もHさんは、クリスマスイルミネーションがあるお宅に入っていくことがしばしばあったようですが、住民が「きれいでしょ? でもここは教会じゃありませんよ」と優しく伝えると、「あら、そうなのね。それにしてもきれいね」と返ってきて、穏やかなやり取りができるようになったそうです。

 通学路の「見守り活動」も、迷子にならずに帰ってきている事実から、「必要以上に心配することはない」ということになりました。見かけた時に「ご苦労さまです」と声をかけたら、「いえいえ、わたし、子どもが好きですからね」と、笑顔で会話できるようになったそうです。

 ご近所の縁が薄くなり、元々の職業や関心事を知らないことが当たり前になっている昨今ですが、「クリスチャン」「元小学校教師」ということがわかっただけでも、こうして見方がすっかり変わるようです。

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2018年11月に掲載された筆者の記事を転載しております)

https://mainichi.jp/premier/health/articles/20181126/med/00m/070/001000d



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