連載:「お父さん!」A子さんが“暴力”をふるう真の理由


(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2018年10月に掲載された筆者の記事を転載しております)

 認知症のA子さん(80代)は、太ももの付け根を骨折して病院に入院していました。杖なしで歩けるぐらいまで回復しないと自宅に帰るのは難しいため、杖なしで歩くことを目標にリハビリを続けようと、介護老人保健施設に入所しました。

“暴力”に頭を抱えた職員

 入所してしばらくたったころ、「A子さんが暴力をふるう」という相談を受けました。職員が悩まされているというのです。


 ちなみに“暴力”という言葉が意味する行為は幅広く、あいまいで正確さに欠けます。色メガネのような働きをするので、わたしは必ず色メガネを外して状況を把握することにしています。

 そこで、職員に聞きました。

わたし:A子さんはどんなタイミングで“暴力”をふるうのですか?

職 員:タイミングはいろいろですが、対象は男性に限られています。

わたし:男性限定?

職 員:そう。男性の利用者やスタッフにだけ暴力をふるいます。

わたし:拳で殴るのですか?

職 員:いえ、殴るのではなく、たたいてくるのです。

 他にもいくつか尋ねてみましたが、「これは直接、見た方が早いな」と思い、A子さんに会いに行きました。

“暴力”をふるう人には見えないA子さん

 A子さんは、食堂のテーブルを前に一人ぽつんと座っていました。小柄でおとなしそうな人で、どう見ても“暴力”をふるうような人には見えません。そこで、日ごろの様子を記録しているカルテを見たところ、1週間ほど前のページに次のような記載があるのを見つけました。

 「食事前の時間、A子さんが椅子から立ち上がり、Bさんに近づいて『お父さん、お父さん! どこに行っていたの? 何をしていたの? ねえ、お父さん!』と言いながら、Bさんの肩をたたきました。Bさんが怒りだしたので2人を引き離しました」

 この文章を見た瞬間、わたしは重要な手がかりがここにあると直感しました。そして記録を残した職員に確認しました。

わたし:「お父さん」と言いながらたたいたとありますが、たたいたのは「言いながら」ですか、「言ったあと」ですか?

職員:「お父さん、お父さん! どこに行っていたの? 何をしていたの?」と言ったあと、「ねえ、お父さん!」と言いながらBさんの肩をたたいていました。

 この確認をしたことで、A子さんがその時何を求めていたかを想像することができました。

 A子さんはおそらく、見知らぬ人だらけの施設に来て、夫(お父さん)らしき人物を発見し、声をかけてみたのです。でもまったく反応を示してくれないので、「わたしよ、わたし!」とお父さんに気づいてほしくて、肩をたたいたのではないでしょうか。気づいてほしいという気持ちは、他の情報からも読み取ることができました。

「わたし、ここにいていいの?」

 さらに、A子さんのカルテを見て、なぜたたく相手が男性だけなのか見当がつきました。A子さんは夫と息子の3人暮らし。まだ施設に入所して3週間です。他の人の顔も名前も覚えられないまま、見知らぬ人との共同生活を余儀なくされたのですから、夫や息子が近くにいないことがとても心細かったのだと推測されます。

  • 一人ひとりの人が、どんな人かもわからず、覚えられずにいる

  • 隣に座っている人は、じっと目を閉じて車椅子に座っている

  • 話しかけようにも、相手の名前を知らない

  • 誰もわたしに話しかけてこない

  • 食事は食堂で一緒だが、食べ終わったらそれぞれの部屋に帰っていく

  • とても心細く、「わたしはここにいていいのかしら?」という考えが頭をよぎる

 不安や居心地の悪さの中で、夫っぽい人に近づいたり、息子さんっぽい人に声をかけたりするが、素っ気ない態度を取られてしまう。そんな気持ちをうまく伝えられなくて、肩をたたいたり、腕をつかんだりしたのでしょう。それが“暴力”と受け取られたのです。こんなに悲しいことはありません。

“暴力”が起きる背景を変える

 “暴力”の問題として扱うと、“暴力”をなくそう、禁止しようという話にしかなりません。“暴力”と称するものが起きているのだとしたら、“暴力”が起きる背景に意識を向けましょう。

 今回は、「わたしはここにいていいの?」という不安感が大きかったようなので、「ここにいていいですよ」という気持ちを、言葉だけではなく態度でも示すことがとても重要だと考えました。

 わたしは、A子さんに対して「あいさつをする」「名前を呼ぶ」「通り過ぎるタイミングでも声を掛ける」「軽いボディータッチ(接触)をする」よう職員にアドバイスしました。A子さんの存在を気にかけていることを、A子さんにはっきり示すことが重要と考えたからです。同時に、会話ができる人とA子さんが同じテーブルで過ごせるよう、席替えをすることもアドバイスしました。

 アドバイスが功を奏して、A子さんは他の男性に「お父さん」と近づくこともなくなり、穏やかに過ごす時間が増え、リハビリは順調に進みました。そして、杖なしで歩けるようになったころ、無事に家に帰っていきました。

 施設の生活は当初は見知らぬ人ばかりで心細く、不安になるものです。職員や周りの人が本人と他の利用者との関係を取り持ったり、よりよく動ける環境を作り出したりして、安心してもらうことが大切です。

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2018年10月に掲載された筆者の記事を転載しております)

https://mainichi.jp/premier/health/articles/20181026/med/00m/010/025000c


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