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連載:Aさんが「夜トイレに13回行く」本当の理由

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2018年9月に掲載された筆者の記事を転載しております)


 Aさん(80代男性)は、今から半年前、長男の家の近くにできた介護付き有料老人ホームに入所しました。ホームの生活にしだいに慣れていく様子を見て、長男は安心していましたが、職員はある出来事で対応に困っていました。「夜間頻尿」です。

 夜間頻尿は、就寝から起床までの間に、何回もトイレに行く状態を指します。Aさんは、毎日午後9時ごろに寝て、午前6時ごろに起きます。その9時間の間に、多い時で12~13回も職員がトイレに連れていくことがありました。

 しかし、トイレに行ってもおしっこが出ないことがあるため、職員たちはほとほと困っていました。主治医に相談し、頻尿に効く薬も処方してもらいましたが、目立った変化はなく、あきらめかけていたところで、私に相談がありました。

「頻尿」そのものを疑ってみると……

 医師が処方した薬が効かないとなると、別の観点が必要だと思った私は、「頻尿」そのものを疑ってみることにしました。

 まず、Aさんが日中(午前6時~午後9時)、どのぐらいトイレに行っているかを確認すると、7~8回ということでした。さほど多い回数ではありません。

 トイレには介助なしで自分で行けるそうです。そこで職員の人に「では、Aさんがトイレに行くときも含めて、自分の席から立ち上がって歩き始める時に、どう声をかけていますか?」と尋ねました。すると職員は「『どうされましたか?』と声をかけています」と答えました。

 その声かけに対してAさんは「トイレに行きます」「ちょっと外の景色を見たいんです」「自分の部屋に戻ります」「喉が渇いたので水を飲みたいんです」と、その都度答えるそうです。その答えに合わせてトイレにお連れてしたり、お茶を渡したりしている、ということでした。

 次に、夜間(午後9時~午前6時)のことを尋ねました。Aさんは夜間のトイレも1人で行くそうです。部屋を出たあたりか、廊下を歩いているところが職員の声かけのタイミングです。「そのタイミングではどう声をかけていますか?」と尋ねると、「『トイレですか?』と声をかけています」と答えました。

 そこでピンと来ました。職員のみなさんはAさんに対し、日中は「どうされましたか?」と声をかけ、夜間は「トイレですか?」と声をかけていたのです。

 職員に「なぜ夜間も『どうされましたか?』と尋ねなかったのでしょうか?」と聞くと、「そういえば、そうですね…」と、何かに気づいた様子でした。

ラベリングが現実をゆがめる

 夜間、寝ている時間に人が起きて部屋から出てくる行動すべてが、トイレのためとは限りません。喉が渇いているのかもしれず、悪夢を見て目が覚めてしまったのかもしれません。また、ただ眠れないだけかもしれません。

 部屋を出るにはいろいろな理由があるはずなのに、「夜間」+「部屋から出てくる」=「トイレ」という思い込みがあったため、自然に「トイレですか?」という声かけになったようです。

 そこでAさんがなんとなく「はい」と答えてしまうため、トイレに連れて行かれてしまい、おしっこが出ない結果になり、「夜間頻尿の人」という印象がついてしまったと考えられます。

 「夜間頻尿」の人というラベルリングし、職員に周知されたため、余計にその質問ばかりになった、というわけです。


 (ある事実をもとにして、特定の人物や事象の評価を類型的に決めつけることを「ラベリング=ラベルを貼る」といいます)


 その後、夜間当直の職員は、Aさんが部屋から出てきた時に「どうされましたか?」と尋ねるようにしたそうです。するとAさんは「水を1杯ください」「よく眠れないんです」とその都度違う返事が返ってくるようになり、「トイレです」という答えは半分に減りました。Aさんの夜間頻尿は、作られたイメージだったのです。

 今回のケースは、ひとたび誰かがAさんの行動を「夜間頻尿」と表現した結果、チームメンバー全員がAさんに「夜間頻尿」のラベリングが関係していたようです。


 主治医が処方した薬が、期待する効果を発揮しなかった時点で、尿意以外の理由を探し、Aさんの行動を見直す必要がありました。見つめ直したら、「職員の声かけが、Aさんの“夜間頻尿”を引き起こしていた」という、皮肉な事実が判明しました。

 認知症がある人と関わる際、思い込みによるラベリングで事実がゆがんで伝わり、言動や行動の本当の理由を見つけられないことがよくあります。何かに行き詰まったら、第三者に相談して、このようなラベリングがないかどうかを分析してもらうことも有効です。

(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2018年9月に掲載された筆者の記事を転載しております)

https://mainichi.jp/premier/health/articles/20180927/med/00m/010/020000c


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