連載:「私のご飯はまだですか?」を繰り返す本当の理由
(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2018年9月に掲載された筆者の記事を転載しております)

しきりに確認する行為は認知症のため?
「わたしのご飯は、まだですか?」--。Aさん(80代)がしきりに確認してきます。
毎日午後4時を過ぎると施設の自分の部屋から食堂に来て、そばにいる職員に「ご飯はまだですか?」と質問するのです。職員が「6時からですよ」と伝えても、しばらくすると「まだですか?」と聞いてきます。
部屋に一緒に戻って、「食事は6時からです」と紙に書き、時計のそばにはりつけても、やはり食堂に出てきて、同じ質問を繰り返します。しだいに落ち着きがなくなるので、職員がつきっきりで対応することになります。
自分の食事のことが気になって、確認せずにいられないことは確かなようですが、なぜそうなるのか、誰も突き詰めては考えませんでした。
「記憶力や理解力の低下」だけが原因か
「認知症がある」+「同じ質問を繰り返す」=「記憶力や理解力の低下」--介護者が自動的にこう発想すれば、できることは限られます。
がまんして耐える
「さっきも言ったでしょ」と強く対応する
あきらめて適当に聞き流す
-といったところでしょうか。
もちろん、同じように捉えたとしても、最初は丁寧に耳を傾け、チョコやおかきを渡して落ち着いてもらうなどいろいろと工夫をするでしょう。しかしその工夫も通用しなくなって繰り返しの質問が続くと、上記三つのいずれかの対応になりがちです。
でも、がまんして耐えるか、強く対応する、あるいは聞き流したとしても、介護者には「いらだち」「ふがいなさ」といった気持ちが湧き、Aさんの混乱や困惑も解消できません。決して効果的な対応ではないのです。
確認せずにはいられなかった「ある風景」
Aさんはなぜ、「わたしのご飯は、まだですか?」と繰り返し確認するのでしょうか?
相談を受けた私は
Aさんの時間・場所を認識する力
食事の習慣
質問を繰り返す時間帯の暮らしの習慣
質問する相手が誰か
質問を繰り返す場所はどこか 等
関係すると思われる項目を一つ一つ確認していきました。すると、思いがけないことが判明しました。
Aさんがたびたび質問をする場所は、彼女がいつも座る食事席付近だったのです。職員が横に並んで座ってみると、そこからは、ガラス張りの厨房と、そこで調理員が料理を作る様子が見えました。ラーメン店でラーメンを作る様子が見えるのと同じです。
「もしかすると、Aさんは調理員の動きが目に入り、みそ汁や焼き魚の匂いがするので、料理を作っているみたいなのに、なかなか料理が出てこないのはなぜかしら?……と確認しているのではないか?」
そう推理した職員は、Aさんの席をテーブルの反対側に移してみたそうです。眼下に夕焼けと海が見える席で、テレビも見えます。席を変えたことで、厨房は見えなくなりました。すると、「わたしのご飯は、まだですか?」という質問も半分に減りました。
「見えるもの」「聞こえる音」に影響を受ける
半減ですから、もちろん環境がすべての要因だったわけではありません。記憶力低下の影響もゼロではないでしょう。ただ、食事席から見える調理員の動きや、調理の音・匂いが影響していた可能性はあるはずです。
人間が認識する情報の9割は、視覚と聴覚によるものだそうです。認知症かどうかに関係なく、誰でも影響を受けるものです。その影響を考慮せず、なんでも認知症によるものと捉えては、ケアは的外れなものになるでしょう。
今回のAさんの言動は、わたしたちが「あれ? ラーメン注文したはずなのに出てこないぞ? 作っている音はするのになんで?」と思うことに似ているのかもしれません。
せめて、「何を見れば(何を聞けば)、そういう行動をとるのだろう?」という視点を持っておきたいものです。
(本記事は、「毎日新聞・医療プレミア『理由を探る認知症ケア』」に2018年9月に掲載された筆者の記事を転載しております)
https://mainichi.jp/premier/health/articles/20180906/med/00m/010/010000c